劇場データ
住所:Passo al Teatro 4, 16121 Genova, Italia
開場:1828年
初演:"ビアンカとフェルナンド"(ベッリーニ作曲)
芸術監督:アレッシオ・ヴラッド
座席数:2005席
住所:Passo al Teatro 4, 16121 Genova, Italia
開場:1828年
初演:"ビアンカとフェルナンド"(ベッリーニ作曲)
芸術監督:アレッシオ・ヴラッド
座席数:2005席
イタリア第一の港町ジェノヴァは、伝統的に誇り高き都と言われるリグリア海に面した大都市で、リグリア州の州都です。12世紀にはすでに海洋国家として強力な力を持ち、もう1つの海洋共和国ヴェネツィアと地中海貿易の独占権を争ってきました。16世紀には祖国の父と言われる提督アンドレア・ドリアによって最盛期を迎えますが、ちょうどそのころにアメリカ大陸を発見したクリストーフォロ・コロンボ(英語でクリストファー・コロンブス)はこの町で生まれました。街全体は、山と海の間に海岸線に沿って細長く伸び、山の斜面に向かって階段状に広がります。山と平地とは、数多くのケーブルカー、登山列車、エレベーターで結ばれていて、市民の足として大活躍しています。丘の上に上ると、海岸線に広がる絶景が望め、夜景も素晴らしく美しいです。山の向こうには遠くにアルプスの壮麗な山々がそびえ、市内の旧市街には数多くの宮殿が現存し、特にガリバルディ通りには白の宮殿、赤の宮殿等、12もの宮殿が建ち並び、イタリアで最も美しい通りといわれています。ヴェルディの"シモン・ボッカネグラ"は、14世紀のジェノヴァが舞台で、実在した平民提督のボッカネグラが主人公のオペラです。ヴェルディは、冬の間、40年にわたり暖かい地中海性気候のこの地で過ごすのが習慣になっていました。また、天才ヴァイオリニストのパガニーニ、ソプラノのレナータ・スコット、ダニエラ・デッシー、バリトンのジュゼッペ・タッデイら多くの一流音楽家も輩出しています。
地中海第2の島、サルデーニャ島の国王カルロ・フェリーチェが、サン・ドメニコ教会を壊し、その跡地に建てさせるように命じたのが1821年です。1828年4月7日に完成し、若干26歳のヴィンチェンツォ・ベッリーニの第2作目"ビアンカとフェルナンド"の初演でオープンしました。ヴェルディの友人で19世紀を代表する名指揮者アンジェロ・マリアーニが20年以上音楽監督をつとめ、若いアルトゥーロ・トスカニーニもこの劇場の指揮をして名声を高めました。1892年にはコロンブスのアメリカ大陸発見400年を記念して作曲されたアルベルト・フランケッティの"クリストーフォロ・コロンボ"が初演されました。1934年にはリヒャルト・シュトラウスの"アラベラ"のイタリア初演が、作曲者自身の指揮によって演奏されたり、シュトラウス、ワーグナー等、ドイツの作品も多くとりあげられました。しかし、1943年に第2次世界大戦の砲撃によって破壊されてしまい、ロココ調の美しい客席はなくなってしまいました。その後、1957年創設のテアトロ・マルゲリータでオペラが上演されていましたが、1991年10月20日にヴェルディの"トロヴァトーレ"で再開場しました。
1991年再開場の新しい劇場なので近代的な作りの劇場。客席は横に広く、黒のベースに赤のサテンが張ってあるシートに、レンガ模様でグレーの壁が、近代的な照明の天井と良くマッチしています。グレーの横の壁は、左右に4階建てレンガ造りの家の外壁をモチーフとし、その2階と3階部分には白と茶色の小さなパルコ(ボックス席)が左右に2つずつあって、それぞれ3席、5席というかわいいパルコになっています。("セヴィリアの理髪師"のロジーナのバルコニーのようです)サイドのうしろのほうは木で作られたバルコニーがあり、縦に1列のサイド席となっています。また、プラテア(平土間)は後方に行くにつれ、段差をつけてあるので、どの席に座っていても客席がよく見えるのはとても親切です。プラテアの最後方には4つのパルコがあって、さらに2階席には、木製の手すりがおしゃれなガレリア(天井桟敷席)が440席ほどありますが、こちらもたいへん見やすい席で好評です。ホワイエ、クロークは新しいこともあってピカピカでグレーの大理石がシンプルに映えています。もっとも特徴的なのは、高さ30mからなるガラス円筒のオブジェです。ホワイエ後方から劇場内を貫抜き、まるで太陽の光に手を伸ばさんばかりにそびえたつ8角錐の尖塔は、劇場全体に非常に斬新な印象を与えています。また、観客が暖かく熱狂的で、イタリア語で"もう1度(アンコール)"という意味のbis(ビス)の声がよくかかる劇場としても有名です。歌手たちもその声によく応えて、再度アリアを歌ったりしているようです。1997年12月9日のリゴレットの時にはダニエル・オーレンの指揮、レオ・ヌッチのリゴレット、マルセロ・アルヴァレスのマントヴァ侯爵、モーリン・オフリンのジルダというキャストでした。2幕フィナーレのリゴレットとジルダの2重唱に観客は熱狂し、bisの声が鳴り止まず、アンコールとなったのですが、その後ふたたびbisコールが巻き起こり、2度もアンコールをするというとても珍しい公演になりました。
日時:2001年3月13日 20:30~
演目:アンドレア・シェニエ
作曲:ウンベルト・ジョルダーノ
指揮:ミシェル・プラッソン
演出:ランベルト・プッジェッリ
キャスト:
アンドレア・シェニエ・・・ニコラ・マルティヌッチ
ジェラール・・・ミケール・ポルチェッリ
マッダレーナ・・・ダニエラ・デッシー
ベルシ・・・フランチェスカ・フランチ
伯爵夫人・・・モニカ・タリアサッキ
マデロン・・・オルガ・アレクサンドローヴァ
ルシェ・・・エンリコ・マッルッチ
1896年にスカラ座で初演されたこの作品は、ジョルダーノがまだ20台の時に書かれたヴェリズモオペラの傑作で、フランス革命前夜という設定です。今回の演出は、イタリアの各一流劇場で活躍中のランベルト・プッジェッリでしたが、割合にスタンダードな演出で、高い壁のパテーションを使って、広い空間をうまく使っていました。甘く美しい旋律の数々の名アリアやひたすら迫力のある2重唱等々、大変魅力的なオペラにもかかわらず、公演数がどうしても少ないのは、スピント・ドラマティコなテノールがめったにいないからです。特に4幕冒頭のアリア"5月の晴れた日のように"からフィナーレに向かって突き進むアンドレア・シェニエ役(テノール)は、大変に強い高音が必要とされ、ライブで譜面通り正確に歌える歌手は、世界中でも2、3人しかいません。4幕のマッダレーナ(ソプラノ)との迫力のある情熱的な2重唱は、イタリアオペラ史上に燦然と輝く強烈なフィナーレとなります。カルロ・フェリーチェでもマリオ・デル・モナコやフランコ・コレッリといった20世紀を代表するドラマティコ・テノールが歌ってきました。
前置きが長くなりましたが、大役のテノールは当初アサインされていたマジルソンに代わり、ニコラ・マルティヌッチがつとめました。マルティヌッチといえば日本でも有名なドラマティック・テノールで、"アイーダ"のラダメス役や"トゥーランドットの"カラフ役でも来日しました。また、アンドレア・シェニエも凄い迫力のライブ録音があるので、期待は高まりました。しかし、結論から申しますと、この役の難しさを再認識させられました。今年で還暦を迎える彼は、アリアの押さえどころなど、さすがと思わせる部分もありましたが、往年の力は半分も出すことができず、最後の2重唱でも裏声に逃げたりして、ちょっとがっかりしました。一方、ソプラノのダニエラ・デッシーは、イタリアのソプラノでも第一人者のリリコ・スピントですが、まさに充実期に入った美声で、豊麗で気品のあるマッダレーナを聞かせてくれました。もう1人の主役・バリトンのジェラール役はミケール・ポルチェッリという私の知らない歌手でしたが、まだまだ音楽的にも若く、一本調子で軽めのバリトンなので、ジェラールはちょっと無理という印象でした。しかし、なかなか人気があって、3幕の有名なアリア"祖国の敵"ではお約束のbisコールに応え、再度歌っていました。